世界があまりに絶望的に見えたから、シャットアウトした。

先日、映画『Planetary』の上映会を開催しました。
午前中はこどもたちとの会。
午後は静かに観たい人の会。
個人的には、これを家族で観れたことが本当によかった。
この映画に字幕をつけたチームの塚ちゃんが、
東京からわざわざ来てくれたんだけど。
小さなこどもたちの姿を見て、
「この子達は22世紀を生きる可能性があるのか!!」
と、すごく感動してた。

 

感じ入ってる様子の塚ちゃんの姿を見て、
わたしも感じることがありました。

 

私たちが死んだ後もこの子達は生きていくのか。
私たちが手渡されたのは、経済的な豊かさと、
その代償として傷ついた地球。
私たちはこの状況をどう扱い、
どういう変化を起こして
どういう風に次の世代にバトンタッチするんだろう。

 

そこを感じた時、
あーわたし、ずっと逃げてたな〜って思った。
中学の時の社会の先生の言葉を思い出した。

 

「君たちが大人になる頃にはねえ、
まあこども産んで親になってる頃かなあ。
まず、石油無くなります。
車とかどうするんだろうねえ。
それまでに他のエネルギー見つかる感じじゃないし。
で、たくさんの負債抱えてると思う。
年金ももう機能してないんじゃないかな。
そんな中で僕は、後期高齢者になるわけです。
いやあ、大変だけど、よろしくね。
働いて、養ってね。」

 

これがわたしの「手渡された」瞬間。
それがあまりに絶望的な状況に聞こえて。
わたしは地球のこと、資源のこと、
社会的な仕組みのこと、
それらについて考えることをシャットアウトした。

 

考えても仕方ない、って。
途方もない怒りが湧いてくるだけだし。
わたしもあの先生みたいに、
後はよろしくって今を謳歌するのがいいんじゃない。
って。

 

だけどこども産んで、やっぱ違うなって思った。
わたしが向き合わなかったことは、
その分もプラスして、こどもたちが向き合うことになる。
そういう思いから、昨年は小さき声のカノンっていう
原発についてのドキュメンタリーの上映会の企画にも携わった。

大きなものと繋がる時には、喜びとともに、
あらゆる痛みを感じることになる。
それはあんまりに大きな痛みだから、
意識飛ぶほど破壊的な怒りを感じるし、
わたしにはどうしようもできないからっていう
小さなわたしでいようっていう気持ちになることもある。

 

大きなわたしも小さなわたしも、どちらもある。
そこをかみしめつつ、進む。
その鍵は、
わたしの中にすべてがある。
すべての中にわたしがいる。
そういう感覚だと思う。
自然とのつながり。
神聖さとのつながり。

 

わたしの力は、そこの復興に使う。
今、ネイティブアメリカンの智慧にその光を見てます。
わたしはこれを学び、シェアしたい。
わたしたちの世代に。こどもたちに。
だけど今、手持ちのお金では足りません。
力を貸してくださいっていう、
クラウドファンディングをします。

 

お金だけじゃ無く、
全編英語なのと、わたし英語聞けるけど話すのは上手じゃないこと、
色々とエッジ越えてけポイントはあるのだけど。

 

英語こんなんですが行ってもいいでしょかっていうメールを今送っているところ。
良いよって言われたら、クラウドファンディング始めます。
だめよって言われたらその時考えます。

どうぞ、つながって、一緒にやりましょう。
あなたの力を貸してください。

 

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